シンシア動物病院

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シンシア動物病院(倉敷)ニュースレター56:狂犬病からの生還

      2019/07/22

少し古いが、日経サイエンス7月号に、狂犬病を発症した15歳の少女を死から救った記事が載っていた。
ご存知のように、狂犬病は発症すると100%助からない病気と言われている。
感染は、狂犬病の動物に噛まれることによって、ウィルスを含んだ唾液が傷口に入ることで起こる。
しばらく傷の近くでウィルスは増殖した後、末梢神経に侵入する。感覚神経、運動神経を上行性に脳まで達し、今度は自律神経を伝って唾液腺、涙腺、全身の臓器に伝わっていく。
狂犬病の治療は、感染動物に噛まれたら、すぐに石鹸水で傷を洗浄し、狂犬病ウィルスに対する特異抗体をを注射、同時にワクチンも接種(5回)することで発症を防ぐ。
つまり、局所で増殖して、神経細胞に侵入するまでが勝負である。神経細胞に入ってしまうと、ウィルスは、免疫攻撃から守られ脳まで達し発症、死に至るというわけである。
今回、この記事を読んで、狂犬病について知らなかったことが、2つあった。
1つは、狂犬病患者は脳に何の障害も生じていないように見えるということ。
もう1つは、数週間の看護の末死亡した患者の体内には、もはやウィルスは見られない、つまり患者の免疫系が働いてウィルスを除去したと言うことである。
私は、ウィルスに脳細胞が侵されて、ずたずたに破壊され、体中ウィルスだらけであろうと思っていた。
そういえば、狂犬病の組織学的診断に、脳神経細胞内にネグり小体という封入体を見つけることが、診断の助けとなるが、その時の標本で神経細胞の変性像はあまり見なかったような気がする。
この少女を救った医師は、ウィルスは脳を乗っ取って身体を死に向かわせるようだが、脳組織そのものには直接の障害を与えないから、意識を長期間失わせ、脳の望ましくない活動を抑えれば、そのうち免疫が働きウイルスを排除してくれるだろうと考え治療方針を立てた。使用した麻酔薬は、ケタミン。この麻酔薬ニューロン中の狂犬病ウィルスの増殖を抑え、さらに神経細胞膜のNMDA受容体をブロックするので神経細胞を保護するため、うってつけの麻酔薬である。後は鎮静剤、抗ウィルス剤を使用した。患者がウィルスに対する中和抗体が十分産生されてから覚醒させる。ここまではうまくいってた。その後の機能回復が思うように進まなかったが、ビオプテリン欠損症の診断がつき、ビオプテリンを補給することで劇的に回復したのである。ビオプテリンは葉酸によく似た物質でドーパミンやアドレナリン、セロトニン、メラトニンなどの神経伝達物質を作るのに欠かせない。
この治療法、再現する試みは失敗しているという。しかし絶望のなかで、ひとすじの希望が生まれたのは確かである。このフォローアップ研究を獣医科大学でするのが順当であろうと思うが、どこの大学も狂犬病動物を扱うことに及び腰である。しかしこの研究、獣医科大学でしか出来ないし、やるべきだと思う。助かった少女は今年高校卒業。獣医を目指しているという。
獣医になって狂犬病の研究をするかも。

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